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新たに2件の文化財を町指定文化財に指定しました!
頭ヶ島開拓主導者前田家墓所御嶽日枝神社の報賽鏡
新上五島町教育委員会では、町内の貴重な文化財の保存、活用を図ることを目的として、文化財の指定をおこなっています。令和元年12月25日、新たに2件の文化財を町指定文化財として指定しました。今回の指定により、町指定文化財は62件になりました。

新たに町指定したものは、以下の2件です。
 ①頭ヶ島開拓主導者前田家墓所(記念物 史跡)
所在地   新上五島町友住郷
員数    1筆
指定年月日 令和元(2019)年12月25日

頭ヶ島開拓主導者前田家の墓所には、初代の儀太夫の墓碑を中央に構え、向って右に二代の長平、左に三代の正義の墓碑が並んでおります。儀太夫墓碑に刻まれた「頭ヶ島由来記」の記録、ならびに親子孫三代が並ぶ墓碑の形式により、頭ヶ島の特異な歴史を後世伝えるとともに、頭ヶ島開拓主導者としての儀太夫の功績を称えるような墓碑形状も規模が大きく他に例を見ない様式です。また、本町の重要な歴史の一端を後世に伝え残す価値を十分に示すものであります。今回は、その墓域を区画する石垣積を含み、史跡として指定しました。なお、前田儀太夫の墓は、私有地であるため、場所を示す事は控えるとともに非公開とさせていただきます。

 
②雄嶽日枝神社の報賽鏡(有形民俗文化財)
所在地   新上五島町荒川郷
所有者   雄嶽日枝神社宮司 藤原義宣
員数    15面
指定年月日 令和元(2019)年12月25日

山王山は、中通島の中央よりやや南に位置し、標高は439m、町内で2番目に高い山です。また、比叡山延暦寺を開いた伝教大師最澄が、西暦804年に遣唐使として五島列島での風待ちを経て唐に渡り、翌805年に無事帰国を果たすと、その御礼として天台山に祀られていた「山王元弼真君」を山王神として当地に勧請したことが始まりと伝えられ、これが現在の雄嶽日枝神社につながっています。雄嶽日枝神社は一ノ宮、二ノ宮、三ノ宮がそれぞれあり、二ノ宮岩窟からは15面の気品ある青銅鏡が発見されており、山岳信仰が中世・近世を通じて断続的に行われたことを物語る有力な物証と思われることから、有形民俗文化財として指定しました。

添付資料:
頭ヶ島開拓主導者前田家墓所_指定説明文[0.13MB]御嶽日枝神社の報賽鏡_指定説明文[0.15MB]御嶽日枝神社の報賽鏡_写真[0.55MB]
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